2026-10

満洲事変

共和、帝政の両派 はしなくも対立 満蒙独立計画書の興味 昭和六年十月三日

【奉天特派員二日発】吉林の𤏁洽、ハルビンの張景恵両氏の独立に引き続き、洮南の張海鵬も又一日遂に独立の宣言を発し、黒龍江省及び熱河省政府湯玉麟、コロンバイル蒙古青年党の独立もまた目前の間に迫った。かくて満蒙各地は一斉に独立を宣することとなり...
満洲事変

奥地の朝鮮人特に保護せよ 昭和六年十月三日

南陸相本庄司令官に訓電 満蒙における朝鮮人の虐殺、略奪等が支那土賊の横行により頻々と発生するに対し、陸軍ではこれら虐げられている在満朝鮮人の保護について万遺憾なきを期するため二日陸相の名を以て本庄司令官に左の訓電を発した。しかして奥...
社会

乗務員仮睡から大船駅無視 昭和六年十月三日

休養時間を遊興で濫費 鉄道省は厳罰方針 一日、上り準急行列車が大船駅を無視した事件は乗客に幾分の迷惑をかけたのみで実害こそ伴わなかったが機関手としてはもっと忌むべき信号冒進をなしたのであり、事故誘発の素因を十分に持っているので東鉄局...
満洲事変

満洲事変は序幕 時局の展開は今後 露国の出様と独立派の抗争 昭和六年十月二日

我軍の行動に影響 【奉天特派員一日発】満洲事件はだいたい済んだという観測が昨今だいぶ拡がって来たようであるがこれは皮相な観測である。日支交戦の事態はやむを得ざる際における敗残兵の討伐と臨機必要に基く以外一段落を告げた形に見える。 一...
満洲事変

独立運動の責を日本側に嫁す 昭和六年十月二日

蒋公使から外相へ口上書 政府直に反駁回答 駐日支那公使蒋作賓氏は去る二十九日館員を外務省に派し満洲新政権問題に関し口上書を寄せたが外務省ではこれに対し一日、回答した。双方の口上左の如し。 支那側の口上書 新聞報道によれば...
経済

国産自動車の標準型式を決定 昭和六年十月一日

昨日自動車工業確立委員会 今後維持費補助廃止 自動車工業確立審査委員会第二回会議は午後二時より商工省において開催、渋沢、岡両氏を除く斯波会長以下各委員出席の上第一特別委員会の審議の結果決定したる国産自動車の標準型式に関する原案につい...
満洲事変

満洲問題突如枢府の俎上へ 昭和六年十月一日

「幣原外交軟弱なり」と果然、攻撃的質問続出 昨日の本会議全員挙って発言 議題外だと政府憤慨 枢密院三十日の本会議は伊東、石原両顧問官の病気缺席を見たのみでその他の顧問は全部出席し枢密院近来なき出席率を示し異常なる緊張を呈しほとんど出...
満洲事変

又も支那敗残兵大挙して鮮人数百名を虐殺す 長春の我一個大隊出動 昭和六年十月一日

【奉天三十日発電通至急報】開原鉄嶺東方柴家溝清河溝氾家溝一体の鮮人部落(住民約四百名)へ二十九日王以哲の部下敗残兵三四千名来襲し鮮人の大虐殺と掠奪をなしつつあり、勢力猛烈支那公安隊は撃退され日本警官隊も危険で近寄れぬため状況は判明せぬが三...
満洲事変

蒋氏、和平解決を求め若槻首相に密使特派 昭和六年九月三十日

支那側の態度著しく軟化 顔の潰れぬ程度に譲歩か 【上海二十九日発電通】去る二十二日蒋介石氏の命を帯び渡日せる齊世英氏は蒋が若槻首相に宛てたる密書を携え行きたることは判明した。聯盟に見放されたる国民政府は方策が立たぬ如く第二の密使を日...
社会

女性相談 同棲せずとも妻として  昭和六年九月三十日

問:私は結婚後病を得て一年あまり実家に身を寄せて居る者で御座います。そして私が病気になって半年後に夫は胸をむしばまれて寝てしまいました。 私は急性の病で烈しい苦痛と闘いぬいた後に片足の曲節が不自由になってしまいました。私が苦しんでいる間の...
タイトルとURLをコピーしました