宣統帝を擁立し 独立運動急転せん 昭和六年十月四日

【奉天特派員三日発】張学良氏は事実上東三省に対する政権を失い日本との円満交渉いよいよ困難にして張氏の復活は到底不可能なることを周囲の情勢より漸次明白となってきたので、これまで張学良氏の奉天復帰を気遣いためらう色ありし満蒙独立国建設計画者並びに遼寧省政府の同義語たる遼寧臨時行政委員会はいよいよ活気を呈し、特に支那側某方面の計画せる

一、満蒙を独立国とす
二、宣統帝を擁立して明光帝国を建設すること

を目的とする満蒙独立国建設計画はこれを転機として急角度を以て進展すべく共和制説を固執して来った袁金鎧氏等の地方維持委員会もまた宣統帝擁立に合流することとなったといわれ、多大の注目を引くに至った。

天津の日本租界で不遇をかこつ廃帝 国民党機関紙の冷笑に憤慨

【門司電話】満蒙独立国建設運動に伴い東四省の旧武断派の間に宣統廃帝擁立が真剣に計画されつつあるが、天津にあって親しく廃帝の起居に接していた対支文化事業協会の瀬川浅之進氏は三日朝文字に帰着し廃帝の現状につき左の如く語る。

廃帝の日常生活は最近いよいよ窮迫を加えはたの見る目も痛わしたい位で、依然天津日本租界宮島街の雨漏るろう屋で暮らして居られる。先日第二夫人と別れてからは第一夫人と唯二人きりで虚弱な身体を旧廷臣献金の僅かな生活費で辛うじてその日を送られる有様。先月のことこの僅かな献金や⚫︎⚫︎⚫︎料から血の出るような思いの二百元ばかりの金を漢口水災義えん金として寄付された際、北平天津の新聞が一斉に「浩蔵先生また施しを好むというべし」などというふざけた見出しで廃帝を先生扱いにし、折角の義えん金も茶化した始末には、さすがの廃帝も今更身の不遇を痛感して一夜を慟哭したという位で誠にお痛わしい次第である。

⚫︎は判読不明文字

※東京朝日新聞昭和六年十月四日朝刊

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