【奉天三日発電通】北大営敗残兵の朝鮮人虐殺暴行は日につれて明瞭となり三日までの虐殺朝鮮人は少なくも六、七百名に及ぶ有様なので本庄軍司令官以下関東軍首脳部の激怒は甚だしく遂にあくまでこれを全滅すること並びにかかる種類の軍憲政権の存在は人道上断じて許すべからずとの決意をなし近くこの旨改めて軍司令官の名を以て声明すると共に右敗残兵に対する積極的行動に移りかつ旧政権旧軍憲の満蒙における復活を絶対に排撃することとなった。
暴虐日と共に募る 頻々たる朝鮮人虐殺
【奉天特派員三日発】支那敗残兵の在満朝鮮人虐殺問題は日を経るに従って重大化しつつあるがこれに対して日本軍は敗残兵の速やかなる掃滅をはかるはもたろん、朝鮮人虐殺之状況調査についても多大之努力を払っている。右に関する日本軍は調査之結果により三日午前中に判明せるもの左の如し。
撫順郡風家溝では二十二日七百名の敗残兵がまず部落を襲撃した後、牛馬、食糧を略奪し、次いで放火を行い十三名を虐殺した。また東鶏冠山では二十一日より二十三日にわたり約三百名の敗残兵により同かく風家溝、東鶏冠山のみにても虐殺三十五名の大きに達している。
四平街の守備兵襲わる
【四平街特派員三日発】三日午前一時頃四平街独立守備隊之兵卒三名は満鉄本線近くにある変電所警戒中付近の桑畑の中に異様な物音がしたので一等卒高橋菊次郎が敢間前進せるせつな敗残兵らしい十数名よりなる一団の一斉射撃を受け頭部に一弾が命中して即死した。急報に接し守備隊は直ちに出動、現場に急行したが敗残兵はいずれかに逃走した。
朝鮮人十余名連れ去らる
【営口特派員三日発】二日夜八時馬賊三十名が田庄台の朝鮮人農家十五戸を襲い人質として十七名を連れ去ったが内七名は三日朝逃げ帰った。賊は一名に対し身代金二千元を要求して居る同地方の人心は非常な不安に駆られて居る。
※東京朝日新聞昭和六年十月四日朝刊

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