我が一中隊三万の支那兵と対峙 万一に備え手配整備
山海関、秦皇島方面における事態はすこぶる危機をはらんでいるので何時日支両軍の衝突を見るかもしれぬので南陸相並びに金谷参謀総長は香椎北支那駐屯軍司令官に対し慎重善処すべき旨を訓電してあるが、何分同方面の守備隊は北支那駐屯軍から派遣された約一個中隊、しかもその数百五十名内外に過ぎぬが錦州に在る張学良部下軍隊は第十二第十九の二旅約三万を擁し極端なる排日思想を抱く狂暴軍隊であるから、両軍の対峙は全く危機を孕んでいる。
山海関、昌黎、濼州、唐山、盧台、塘沽、天津、楊村、郎房、黄村、北平を結ぶ鉄道は明治三十四年九月九日、独、墺、洪、白、西、米、仏、英、伊、日、蘭、露の各国と支那間に調印を了した北清事変に関する最終議定書にある占領地点で現に英国約一千名、米国約一千五百名、仏国約二千名、伊国約三百名、日本約九百名の軍隊を駐屯分担して夫々鉄道守備並びに保安の責に任じているのであるが、
山海関、秦皇島間には細川大尉の率いる一中隊約百五十名の守備兵が約三万の支那兵と対峙しているのみならず、該地方の関係は国際的に重要地点であるから、極めて慎重なる態度を要するものとして今後の成行きを内外から注視されている。万一支那側において積極的に行動を起こし帝国の威信にかかわり或いは皇軍の名誉を汚損さるるが如き事態に立ち至る場合は列国監視のうちに断乎たる措置に出るべく海軍側と諸般の打合せをなすと共に、外務当局は張学良氏に警告を発し、一方関係各国に対し状況を通告しその成行きを監視した。
※讀賣新聞昭和六年十月十五日朝刊

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