武漢も憂慮さる 昭和六年九月二十六日

租界封鎖、絶交の危機

【漢口二十五日発聯合】武漢の反日運動は党部が中心となり二十三日湖北省救国会を組織後いよいよ実行期に入った。対日経済絶交日本租界封鎖の断行は最早疑う余地がなくなった。この形成に支那商人は約定日貨引取に忙殺され二十五日までに日清汽船倉庫内の日貨はほとんど出払い状態となった。又租界内居住支那人は続々租界外に退出しつつあり、日本人使用支那人に対する脅迫の手はまだ及ばぬが一両日中には来るものと見られボーイ、アマ等は戦々恐々の有様だ。支那官憲側では共賊の策動を恐れ警備司令部は各団体の示威運動、街頭演説等治安を乱す行為は取り締まっているが、勢いの赴く所如何なる珍事が突発するやも計られず日支当局とも事態の推移に極度の注意を払っている。

※東京朝日新聞昭和六年九月二十六日

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