満洲問題早わかり 東京朝日新聞昭和6年9月23日朝刊

大事変の遠因と日支諸懸案の解説

去る十八日夜半奉天付近における我満鉄線を支那兵が破壊した事件に端を発した満洲事変は刻々と拡大し、その重大性を増しつつあります。この事変の原因が単に支那暴兵の我が満鉄破壊の一事件のみに存せず、遠因は満洲における正当なる我が条約上の権益に対する支那官民の頻々たる侵害に存して居ります。よってここにはいわゆる日支間の満洲問題を各方面から解説し、今回の事変の根源につき読者の参考に供します。

一、満洲の正しい呼称

満洲とは地理的の名前で、北満といい南満といっても、その区画は極めてぼんやりしたもので、行政上の正しい呼び方は今でも東四省というのです。即ち遼寧省(従来の奉天省、同時に奉天市街の名前も瀋陽という旧名を復活)吉林省、黒竜江省それに新たに熱河省を加えたるもの、人口は前清の末年までは全満洲を通じて九百万内外であったのが今日では支那側の人口約三千万に激増、日本側は内地人二十万、朝鮮人八十万、併せて百万内外です。

二、日支間に山積する諸懸案

奉天における今回の日支衝突をなした導火線となったものは満鉄沿線の柳条溝の鉄橋を奉軍によって爆破されたためであるがその直前には中村大尉一行の虐殺された事件があり更にその以前にさかのぼれば条約蹂躙、条約違反その他の不法行為が次々に起り、最近数年にわたった数字では大小一切を引っくるめて三百件以上の多数に上っています。その主なるものとして鉄道問題、商租権問題、鮮農問題等々があるが、支那当局の無責任なる態度によって何一つ解決出来ず、山積したまま今日に及んでいます。

三、我権益を確立せる諸条約

満蒙の地域に対して我が日本が最大の関心を持ち一朝ことあるや、今回の如き断然たる処置を取らなければならないというのは、日本民族の生存権と不可分である特殊の権益を持っているからであります。然してその権益の獲得は日露戦争の結果、我が国が日露ポーツマス(一九〇五年九月五日)と、これを確認せる日清満洲善後条約及びその付属条約(一九〇五年十二月二十二日)によって満蒙、関東州租借地においてロシアの有した一切の権益を継承したことから始まり、大正四年(一九一五年)の日支二十一ヶ条条約によって完全となったのです。簡単に権益確立の諸条約を列挙しますと、

イ、日露ポーツマス条約

本条約で支那側の承認を条件として(イ)関東州租借権、(ロ)長春以南の鉄道本支線並びにこれに付属する財産及び諸権、(ハ)同鉄道に属し、またその利益の為に経営される炭鉱、(ニ)一キロメートル十五名の鉄道守備兵を駐屯せしむる権、(ホ)中立帯の設定等ロシアの南満洲に有した一切の権利を継承しました。

ロ、日清満洲善後条約及び同付属条約

本条約で支那は日露ポーツマス条約により、日本が南満洲においてロシアが有した一切の権益を継承する権利を承認しました。本条約はこの外東三省十六都市の開放、安奉線(安東奉天間)の経営及び改築、鴨緑江採木公司の設立及び経営、満鮮国境互恵関税の設定、営口、奉天、安東における日本居留地の確定等をも規定したのです。なお問題の併行線については、本条約の諒解事項第九に清国全権は自発的に「清国政府は日本の満洲鉄道における利益を保護するため右鉄道を回収せざる以前にありては右鉄道付近において、これと併行する幹線はもちろん、同鉄道の利益を損傷すべき他線を築造せざることを約する」旨記録にとどめて、併行線を敷かないことを明らかにしたのです。

ハ、満洲五案件に関する協約

この条約で、日本は新民屯法庫門鉄道の敷設に際し前以て商議を受くる権、撫順及び煙台の炭鉱の採炭権、撫順煙台以外の安奉線満鉄沿線の鉱山に関する合弁権等を得ました。

ニ、間島に関する日清条約

本条約によって、図們江を満鮮の国境とすること、龍井村等数カ所の商埠地を開設するとともに、日本領事館もしくは分館を開設すること、間島を雑居区域とし、朝鮮人の居住を許すこと、雑居地内の朝鮮人は土地建物の所有をはじめ清国政府より支那人の財産同様保護されるべきこと、吉会線を敷設し、その着手の時期は日本と商議して定むること、間島(延吉、和龍、辻清の三県を指す)における鮮人の居住営業権が確立されたのであります。満洲全体に居る朝鮮人の半数約四十万人が目下ここに生活していますので、同地方の不安に鑑み、朝鮮から軍隊をその保護のために出動させた訳です。それから日支間多年の懸案となった吉会線に対して日本が優先的関係を持ったのはこの時からです。

ホ、二十一ヶ条約

一九一五年五月十五日締結、日本側から撤回したり、条約中放棄したものあり、今日なお有効である諸点は

(一)関東州は租借期限を九十九年に延長、その結果一九二三年に期限が満了するはずだったものが一九九七年まで延期されることになりました。

(二)南満洲鉄道及び安奉線の期限を九十九ヶ年に延長、その結果満鉄の還付期限は二〇〇二年まで、安奉線の還付期限は二〇〇七年まで、また原条約にあった買戻権は無効となる。

(三)土地商租権、日本国民は南満洲において各種商工業上の建物を建設するため、または農業を経営するために必要なる土地を商租する権利を得、その期限を三十年無条件更新の規定があります。

(四)南満洲において自由に居住往来し並びに各種の商工業に従事する権。

(五)東部蒙古内において支那国民と合弁により農業および付随工業の経営をなす権

(六)南満洲における牛心台その他九鉱山の試掘及び採掘権

(七)吉長鉄道に関する諸条約並びに契約の改訂

四、その他鉄道利権

我国は一九二三年十月五日、日支間に締結された満蒙鉄道道款修築に関する交換文によって満蒙五鉄道を敷設するの権利を得、僅かに一部を敷設したのみで、一九一八年九月二十四日また満蒙四鉄道確覚書によって、前満蒙五鉄道契約中一部完成したものを除き他を修訂しその覚書に基いて四ヶ月内に本契約を結び工事を促進する条件の下に二千万円前後を交付したのですがその後一線といえども敷設が出来ないのみならず、吉海線の如きは我国の厳重な数次の抗議を無視しつつ支那側の手で工事に着手し瀋海鉄道と連絡して他の打通線とともに満鉄に対する条約違反の重大なる併行線を形成するに至ったのであります。それ故一九二七年十月十日時の山本満鉄総裁と張作霖の間に改めて新満蒙五鉄道の契約を締結しますと共に、我国の多年懸案でありました吉会鉄道及び長大鉄道(長春扶餘大賚間)に関する請負工事の本契約まで調印されるに至ったのですが張作霖氏の爆死事件のためにお流れになってしまいました。その後もこれらの鉄道に関する行きがかりと既得の権利によって支那側にその実行を促しているのですが、支那側は少しも誠意ある態度を示さないのであります。なおこの外日本が建設工事を請負った洮昂鉄道、借款鉄道たる四洮、吉長鉄道の元利を一文も支払わずその額は数千万円に上っています。債務を一寸も履行せず、打通、吉海等の併行線を敷設し更に満鉄包囲の大計画を立て、これを脅威する打倒策に出ているのであります。

五、満鉄包囲と権益侵害

満洲における支那側の自弁鉄道は対満鉄攻勢をもって着々実現され昭和元年以来昨年末に至る過去五ヶ年間に敷設された支那側の自弁鉄道は九線千三百五十キロに上り、過去五年間にその全部がほとんど敷設されたものであるのみならず、現在も工事が続けられ、更にこれと関連する満鉄包囲鉄道網計画と相まって、その計画が将来如何に遠大なる企図を有するものであるかが分かります。即ち東北交通委員会の計画せる第一幹線、第二幹線、第三幹線の如き、第二幹線に属する予定線が二千四百余キロ、建設費一億二千九百余万元、設計四千九百七十余キロ、建設費二億二千七百万元の巨額に上ルイと言われています。支那側の満鉄に対する包囲朝鮮によって、満蒙は未曾有の不況と難境に陥ったことは、ご承知のとおりです。

併行線の敷設といい、借款金額の踏み倒しといい、鉄道権益を蹂躙して、眼中に日本無き有様ですが、大正四年の日支条約で日本の獲得した商租権に対して三十年の期限をもって満了するものと解釈し、一切これが更新を認めないのみならず、官憲は商租権実施を妨害するための商租須知なるものを作って広く一般に配布して極力条約上の権利を裏から打ち壊しにかかっていますので、日本として折角得た当然の権利を行使し得ない実情に置かれているのであります。その他不当課税問題をもって邦人を苦しめ、住居を妨害して貸借を許可せざる等の類に至っては各地におけるその実例一々数えるに堪えない程であります。

六、朝鮮農民の圧迫

満洲における朝鮮農民問題は鉄道問題とともに、満蒙における日本関係の問題としてもっとも大きい問題で支那側の不法な圧迫で、鮮農全体の生活が脅かされ、ここにいよいよ重大化することとなりました。北満不毛の地を開拓してこれを良田となしたのは、多く朝鮮農民の汗と労力のお陰で、満洲にある支那人は水田開墾には不慣れで一に朝鮮農民の力に待つ外は無かったのですが、支那本土の不安から年々移住が多くなるのと、鮮農をもって日本の侵略の手先なるが如くしい、期限未到のものを無理に取りあげあるいは高利をもってこれを極端に搾取し、不法の理由で駆逐し、甚だしきは暴力を用いるに至り、こうした事件は北満各地を通じて頻出し、最近において益々甚だしくなったのであります。その例が長春事件となり、万宝山事件となり、八十万の鮮農全体の生活を極度に脅かすこととなったのであります。前に一寸書きましたようにその鮮農の約半数に値する四十万が間島に居住し、支那人に対して圧倒的多数であります。しかも間島協約によって生命財産が支那人同様に保証されているにもかかわらず、支那側はこれを無視して、暴圧を加えてきたのです。が、奉天その他における日支衝突事件の発生とともにこの方面の形成が甚だ不安となりました結果、遂に朝鮮から出兵するの余儀なきに至った至ったことはこれまた周知の通りです。

七、満洲におけるわが投資

日本の対支投資額は二十億円称せられていますがその内満蒙関係の投資額は約十五億円で対支投資額の約七十五パーセントを占めています。この内訳を見ますると、

借款による投資二億四千万円、法人企業による投資十一億四千万円、個人企業には九千五百万円が、

投資されていますが、何と言っても満蒙投資の中軸をなすものは南満洲を縦貫する満鉄中心の投資であってこの額は昭和六年三月末現在で約七億四千二百万円に上りこれを各事業別に記していますならば、

鉄道二億七千万円、工場六百五十万円、港湾施設に八千三百万円、撫順オイルセール工場に八百八十万円、安産製鉄所に二千八百万円、肥料工場五万円、地方施設に一億八千万円、その他の雑施設に五千一百万円ということになります。

以上の投資関係から見ましても満蒙の地は我国にとって極めて重大な関係あることが分かります。

八、わが権益擁護は当然

以上は満蒙における日本権益の根拠が何であり、日本権益そのものが何であるかをざっと一瞥し、日本に正当なる条約上の権益が如何に支那側から犯されているかという事を極めて簡単に解説したのですが、日本の条約上の権益といい、満洲における投資額といい、如何に日本の生存権と不可分であるかということを知ることが出来るでしょう。

東京朝日新聞昭和6年9月23日朝刊

コメント

タイトルとURLをコピーしました