最近頻々たりし支那側の列車妨害 満洲事変への導火 昭和六年九月二十三日

【奉天特派員二十二日発】今回満洲日支衝突事件は左の如き支那側官兵の不法行為のつのった結果遂に爆発を見るに至ったと見られる、即ち北大営付近満鉄線は従来しばしば支那兵の悪戯的故障多く本年五月頃から殊に著しくなり、列車の運行妨害の如きも逐次回数を増し来った。

特に五月十八日北大営西北側王官屯踏切を行軍せし支那兵は我巡察兵の目前において運行妨害の挙に出で武装支那兵約三百名出動巡察兵を包囲し多数を頼み脅威せし事件あり、六月三日午後奉天駅構内西方側線のポイント軌条内に石を投入、越えて九日奉天駅南方約二千メートルの第一踏切において同様の行為あり、共に犯人不明なりしも奉天駅構内における運行妨害は近年希有の事件である。六月二十三日午前八時武装せる支那巡警渾河駅南方二千メートルの線路上を横断し駅員の静止を拒みたるのみならず携帯の拳銃を擁して威迫せんとする事件あり。八月十六日奉天駅北方約二千八百メートルの北平街道付近で列車に投石せる事件あり。

例年に増し運行妨害殊に多くまた一般民衆の日本人に対する感情悪化して来た、然して九月中旬に至り北大営及び興業区衛隊は活気を呈し、殊に北大営南方及び興業区北側に散兵壕を築造して戦闘を準備しあるいは商埠地より付属地方面へ向い演習を実施、しばしば砲兵の実弾射撃を実施し日本軍に対する態度は甚だ不遜となった。

これより先支那官憲より日本軍に対し夜間夜間演習中止方を要求し来りたるが案ずるに支那軍隊の戦闘準備を隠蔽せんとする策より出たること明白である。

即ちこれ等の事実によって見れば今回の事件が支那兵の計画的に行われたるものなることも十分判断し得ると観られる。

東京朝日新聞昭和六年九月二十三日朝刊

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