侮り難い吉林政府 独立を夢見る人々の現在 十日奉天にて 中尾特派員発 1931/10/11

 張学良、事実上の失脚ーー少なくも東北四省におけるその根拠地の喪失は当然の結果として多年学良の暴圧に堪えて来た支那側文武人の⚫︎起を促し、東三省は今過乱漸く鎮まって独立運動の真っ只中に置かれ、群雄割拠というか策士跳梁というか、到る処に独立運動が行われ、苟くも兵を擁する者、若しくは多少なりとも兵を集め得る者は、争って独立を宣し旧政権の駆逐と新政権の樹立に日もなお足らぬ形勢である。

袁への脅迫は 机上に山積

 遼寧省政府、即ち奉天政府の樹立は一時袁金鎧を中心とする地方維持会を基礎として⚫︎頭せんとしていたが、関東軍の態度就中(なかんずく)日本政府の学良に対する態度が、今次の事変解決交渉を中心として如何に落ち着くかが不明であるため一頓挫を来たし、殊に袁金鎧の机上には学良の通電を始めとし、排日派策士の投書が山積、何れも

もし袁にして政府を樹立せば学良は日ならずして勢力を回復し日本軍を駆逐するは勿論、日本政府と折衝して錦州政府を交渉の主体たらしめ、学良が東北四省の政権を再び掌握するは唯時日の問題に過ぎぬ。従ってその暁には新政府組織者一同を斬に処すからその覚悟で居れ、

と脅迫して居るので、一兵をも持たぬ文官出身の袁は進退に迷い、態度を曖昧にし、将来の安全を期することにのみ急で、独立運動を極めて不徹底に終わらしめ、四囲の形成を観望して今なお逡巡决せずにいる。従って軍司令官の声明の有無に関係なく彼等の独立政府組織運動は頗る影が薄くなった。

唯一の武力者 𤋮洽の強み

 吉林の𤋮洽は断乎として独立を宣し、既に旧軍隊の集結を計り、厳重に排日行動を禁じ、県知事その他の要職にある者の更迭を行い、鋭意省内の統一に努めているので、その治績には多少見るべきものもあるが、僅かに治安が保たれているという程度であり武官中には、旧張作相部下の老将もあり、必ずしも𤋮洽を長官と仰ぐを潔しとせぬ分子も潜んでいるので、なお省内の統一までには相当の努力と威力とを必要とするであろう。しかし、𤋮洽が旧武人であるに拘らず、表面親日的態度を持しているので、吉林、敦化、間島方面の交通は至便となり、北朝鮮会寧、雄基方面との連絡は密になるものと信ぜられる。幸に吉林省の治安が保たれ間島在住四十万の鮮人もその保護下に立つことになれば不逞鮮人の取締と相まって接触国境地帯を合してその延長、下関から宇都宮付近に相当する地域の治安も現在以上の安全さを招来し得るであろう。

張のこけ威し 政権を要求

 黒龍江省の独立を目指し、先ず洮南に占拠して独立を宣して起こった張海鵬は僅かに騎兵一旅の長に過ぎないので、武力を以て万福麟麾下の軍隊をチチハルから一掃する実力なく、唯声を大にして彼等に黒龍江省の政権譲渡を迫っているに過ぎない。東支鉄道の護路司令であり行政長官である張景恵は唯一の親日派であり人物も相当ではあるが手兵を持たぬので袁金鎧と同じく実勢力はないが、最近軍警約二千、馬隊約二百を濫造して進出の準備を整えつつあるが、今の所その実力は張海鵬にも及ばぬ有様である。

廃帝擁立一味 噂の人々

 満蒙独立国を創始せんとして、別に建設運動に狂奔している一派がある。宣統廃帝及び粛親王を擁立せんとする一味で、巷間に噂せられているのは張宗昌、張海鵬、孫伝芳、呉光新、闞朝璽等であるが、闞朝璽自身は四囲の形成が許したら自ら張学良に代わって東北四省の盟主たらんと希望し、現に余(中尾特派員)その他の邦人に対し、

一度起てば王以哲の如きは我輩の旧部下であるから帰順せしめることは茶飯事である。

と豪語している。しかし、旧学良系の武閥の再起は日本側で認められぬと覚悟し野心を蔵しながら声を潜めている。
 錦州には張学良の旧政府を代行する意味において別に形式だけの政府を存置せしめてあるが、事実上は張作相も姿を晦まし、他に要人もなく、唯刻々集結してくる東北軍の敗残兵が錦州及びその付近に占據して学良と連絡しているに過ぎない。

赤露軍の暗躍 葛藤起きん

コロンバイル地方は奉天政権の動揺毎に独立運動の繰り返されれ土地であるから刻下の形勢に鑑みたら独立運動の起こるのに不思議はないが、現在は満蒙独立国の建設を企てている宣統帝擁立運動の分派とも見るべき張海鵬の暗躍とはなれてコロンバイル青年党が独力運動を起こし、その背後には赤露軍との連絡があり、赤露軍は現に秋季演習の名においてダウリア付近を中心とし国境満州里に兵力を集中しているから、この方面では仮に将来四省の統一政権が確立したとしても赤露との葛藤が予想されている。
 要するに、軍司令部が厳正中立の態度を以て単に治安維持にのみ没頭して絶対に政治に干與せぬから、どの独立運動もその勢力は似たものであって、東北四省を統一し得る政権が近く俄かに台頭しようとは考えられぬが、風の吹き回し如何では𤋮洽の吉林政府などが兵力を擁しているだけ侮り難いものと思われる。

⚫︎判読不明文字

※讀賣新聞昭和六年十月十一日朝刊

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