女性相談 裏切られた恋に悩む 1931/10/19

問:私は本年二十七歳になります。今より五年前Aという本年四十四歳になる妻ある男と相思の仲となりました。始めは私は教職にある身の上、Aもまた相当地位のある人、殊に奥様にも気兼ねして、ただ手紙の往復や時々逢って甘い談話を楽しんで居りましたがツイに耐えがたくなりとうとう昨年の秋妊娠してしまいました。私はAの知人の家へ身を託しているうちに幸か不幸か子供は流産してしまいました。私もAも将来結婚するつもりで居りましたのにこの頃になってAは次のようなことを言い出しました。「僕等の恋愛はあやまっていた。人道にそむいた行為だった。僕は重々責任を感じているが、しかし、君も又僕に妻あることを知り抜いてこうしたことをしたのだから君にも一部の責任があると思う。僕の妻は何も知らないでいる。殊に病身であり相当の年齢になっているから今僕達が結構するために妻を離別するということは僕の良心がどうしても許さない。妻は今僕から見捨てられたら嫁ぐことはもちろん身を寄せるところもない哀れな身だ。そんな残酷なことをして求めた二人の生活の将来に幸福があるわけはない。君はまだ前途ある身だ。お互いにあきらめて君は適当な人と結婚して幸福な家庭を造ってくれ。僕はこれから貧しいながらもこの罪の償いのため二、三困る子供を養育して社会に奉仕したいと考え既に預かっている。そうすれば君にも花がさき僕の家庭も円満だ。これまで妊娠以来病気入院等の経費は僕が負担し君の結婚についても出来得る限り心配もし、又支度の一端位は見るつもりでいるから諦めてくれ」

けれども私はAと離れることは出来ません。妊娠までした身体で今更他へ嫁ぐなんてことは良心に恥じて出来ません。私はAを愛するあまり彼の変心が憎くてなりません。私は自殺するか、又は処女を奪った憎くんでも余りあるAを訴えて法の制裁を加えこの悩みを慰めでもしなければ心がおさまりません。そのAの言葉に従うのがよいのでしょうか?法廷に訴え、法の制裁を受けさせたらAの心が改まるでしょうか?それとも一切を諦めて私は凡てを胸に秘めて死を求めるのがよいでしょうか?

あきれ果てたあなたの良心

答:あなたの心は浅はかにも余りに狂ってしまっています。こういう問題を紙上に公にすることはあなたと同じ畑に働いて居られる真面目な女教員諸姉の位置を低下せしむることになりはしないかとお気の毒に思って私は取り上げることを躊躇したのですが、しかしこれが現実であるので、やはり公にして大方の反省資料としようという気になりました。

あなたは「良心」という言葉を使っていますね。ですから良心があるのでしょう。よく胸に手を当ててその良心なるものに問うてごらんなさい。自分の我意を通す資格があるかどうかということについて。

Aももちろん同罪ではあったがしかし彼は全く悔悟してその罪の償いの生活を既に実行しているのですからその罪は許されました。にも拘らず、あなたは何というていたらくです。Aを法廷に訴えるならAの罪よりもあなたの罪の方が重いでしょう。少なくとも私が裁判長なら。一切を諦めて死を求めようかなどと、それは余りに卑怯です。意気地なしです。

たった一人の同性、Aの妻のことを同情的に考えることも出来ないで、どこまでも無茶を言う。あなたの心は余りに狂っています。恥ずかしいことです。今あなたがとるべき最善な方法は、頭に氷嚢を載せて、胸に手を当ててご自分自身を考えてみることです。

※東京朝日新聞昭和六年十月十九日朝刊

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