女性相談 八年前の愛人の許で

八年前の愛人の許で

問:私は七歳の時に両親を失い田舎へ養女にやられ物心ついた時には芸者にされていました。十七の年に私に同情して大学生が学校を卒業したら結婚する約束をされたので喜びのあまり唯一人の叔母と兄を訪ねて報告しました所、頼りとしていた肉親は私を無理矢理に大和の大親分という人のところに妾にやってしまいました。毎日毎日逃げだそうと隙をうかがっていましたが山の奥ではあり子分の監視は非常に厳重でその上私が逃げてゆけば頼って行った先の人を必ず殺してしまうといって脅かすのです。こうして八年がたちました。その間私には手紙を書く自由さえ興えられなかったのです。八年目に親分が死んだのでやっと解放され愛人を訪ねました。彼はすでに結婚して居ましたが、私のことをよく理解してくれて世話してやると言われました。その事については奥様も承知して下さっていますが、其心の内はどんなであろうかと思うとじっと世話になっていられない気がします。けれど私は今までの生活のため身体をこわし、労働はもとより独立して生活は出来ません。そうかといって他へ嫁しつ虚偽の生活を続けてゆく事は出来ません。再び流浪の女となり野たれ死を覚悟で旅に出ようと思いましたが愛人にとめられて思いとどまりました。しかし私は尚悶えています。奥様から許されたのをよいことにして永くその人のお世話になってよいものでしょうか。どうぞ私のとるべき道をお教え下さい。

身を引くほかない

答:散々暴力によってもてあそばれた生活から貴女自身を取り返して最初の愛人の許に走って見れば、その人は既に他と結婚していたという事情のもとに、その人の愛を受けていられる現在の境遇ですから、通常の囲い者とは訳がいくらか違い、そこに十分御同情すべき点がありますが、しかし現に貴女が気にかけて居られる通り、何といっても日陰者は日陰者で、如何に先方が真の愛人とはいえ、今では歴とした奥さんのある身とすれば、それを差し置いて貴女が関係を続け得ないことは明らかな道理です。
 いつまでこのままで進むなら貴女の一生を台なしにするのみか、愛人を邪道に陥らせることにもなります。第一事情を知って許している奥さんに対してだって、許されたからそれで良いと済まし居るのではあまりに達引が無さ過ぎると思われます。事情はお気の毒ですが、ここは身を引くより外はないでしょう。しかしこれを廃めれば、あとはやれ流転の旅の、嫁入は虚偽の生活だから出来ぬのといわれるのは、少し筋が違います。
 何も放浪なさる事はありません。またそれは善くありません。長い苦労の後病気もなさった事ではありますが、まだ若いのだから一奮発できぬことはない。小商売をやるなり、一まず落ちついて遊塾なり、手塾なり、何か一つ腕に職をつけて置くことは出来ませんか。
 某愛人とも奇麗に関係が切れたら、今度は改めてその御夫婦に一緒になって今後の相談相手になってもらい、身過ぎの方法を立てることは出来そうなものです。又同情すべき過去の半生を十分承知の上で、正式に結婚しようという人があったら、嫁に行かれたら良いでしょう。それが何で貴女の虚偽になりましょう。問題は今の貴女がまじめでさえあれば良いのです。
 ただしかし、放浪の何のと仰るところから推すと、今までの境遇にひしゃがれて、少し捨鉢気分でいられるのでは無いですか。決して気を落とさず、これから光明の生活が開かれるのだと勇気をお出しなさい。(前田多門)

※東京朝日新聞昭和六年九月二十二日朝刊

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