満洲事変

満洲事変

満洲事変は序幕 時局の展開は今後 露国の出様と独立派の抗争 昭和六年十月二日

我軍の行動に影響 【奉天特派員一日発】満洲事件はだいたい済んだという観測が昨今だいぶ拡がって来たようであるがこれは皮相な観測である。日支交戦の事態はやむを得ざる際における敗残兵の討伐と臨機必要に基く以外一段落を告げた形に見える。 一...
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独立運動の責を日本側に嫁す 昭和六年十月二日

蒋公使から外相へ口上書 政府直に反駁回答 駐日支那公使蒋作賓氏は去る二十九日館員を外務省に派し満洲新政権問題に関し口上書を寄せたが外務省ではこれに対し一日、回答した。双方の口上左の如し。 支那側の口上書 新聞報道によれば...
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満洲問題突如枢府の俎上へ 昭和六年十月一日

「幣原外交軟弱なり」と果然、攻撃的質問続出 昨日の本会議全員挙って発言 議題外だと政府憤慨 枢密院三十日の本会議は伊東、石原両顧問官の病気缺席を見たのみでその他の顧問は全部出席し枢密院近来なき出席率を示し異常なる緊張を呈しほとんど出...
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又も支那敗残兵大挙して鮮人数百名を虐殺す 長春の我一個大隊出動 昭和六年十月一日

【奉天三十日発電通至急報】開原鉄嶺東方柴家溝清河溝氾家溝一体の鮮人部落(住民約四百名)へ二十九日王以哲の部下敗残兵三四千名来襲し鮮人の大虐殺と掠奪をなしつつあり、勢力猛烈支那公安隊は撃退され日本警官隊も危険で近寄れぬため状況は判明せぬが三...
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蒋氏、和平解決を求め若槻首相に密使特派 昭和六年九月三十日

支那側の態度著しく軟化 顔の潰れぬ程度に譲歩か 【上海二十九日発電通】去る二十二日蒋介石氏の命を帯び渡日せる齊世英氏は蒋が若槻首相に宛てたる密書を携え行きたることは判明した。聯盟に見放されたる国民政府は方策が立たぬ如く第二の密使を日...
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その後の排日情勢 昭和六年九月三十日

香港の事態緩和か 邦人引揚げを断念 【香港二十九日発電通】日本軍艦派遣要請問題は英国官憲側の意見により中止し数日間形勢を観望することとなったが、危険依然去らざるため二十九日の日本人会理事会においては香港九龍の軍隊警備区域を拡張するよ...
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新政権運動更に展開 ハルビン特別区独立 昭和六年九月三十日

覇権を狙う張景恵氏 ハルビン特派員二十九日発】ハルビン支那側では特別区治安維持会を組織し、特別区の治安維持につき具体的弁法を講じたが、同時に行政長官張景恵氏は二十四日ハルビン帰任以来の計画に基き三十名の特別委員を選任し東北政権より分...
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ハルビン邦人経済的危機へ 動乱の難去って又一難 昭和六年九月二十九日

【ハルビン二十八日発聯合】動乱のちまたから漸く救われんとしているハルビンは今や又経済的危機に見舞われた。悲壮な決心で最後まで踏み留まっている邦人は連日の不安で全く商取引途絶しその日の生活にも困る者が三百名の多さに達した。このまま一カ月も経...
満洲事変

長江各地の邦人続々引揚ぐ 昭和六年九月二十九日

【上海二十八日発電通】総領事館着電によれば蕪湖の帝国領事館では形勢不穏の為御真影を軍艦宇治に奉遷し在留邦人婦女子は日清汽船ハルクに避難している。また九江でも御真影は重要書類と共に軍艦鳥羽に奉遷し邦人婦女子は領事の勧告で続々上海方面に引揚げ...
満洲事変

学良氏下野の外なし 昭和六年九月二十八日

新政権樹立はほとんど決定的 満洲事変の突発により東北四省の盟主張学良氏は北平に在りて時局収拾の望みなく南京政府と連絡をとり、閻錫山、馮玉祥両氏等に通電を発し挙国一致的活動の提唱をなし援助をもとめ活路を見出さんとしているが、奉天を中心...
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