女性相談 独り息子が堕落する 1931/10/6

問:私は一教育家の妻でありますが今年二十歳になります唯一人の息子が先頃横浜のある専門学校に入学致しました。下宿させることは不安に思い東京の宅から通学させて居ります。本人は従来極めて温順な子供でありましたが年頃でもあり色々の友人も出来ることでありますから、ひそかに挙動を注意することを怠らなかったのでありますが、両三日前、本人の不在中、机や本箱を調べて見ました所、意外にも何日の間にか本人が恐ろしい堕落のふちに近づきつつあることを発見致しまして急に世の中が真暗になりぞっと致しました。
 本人の日記が出てまいりましたので不徳の行為と思いながらも監督者の責任上披見致しました所、本人は横浜のカフェーや、もう一層不潔な場所に出入りしていることに付て読むに耐えない告白が載っておりましたのです。私共知らぬ間に喫煙も飲酒も致して居るので御座います。
 早速主人にこのことを告げました所、主人も非常に驚いて、直ちに、本人の廃学を賭して厳重な戒告をするとまで意気込んだのでありますが、私はそんな思いきった仕方がどんな取り返しのつかぬことになるやらと心配でありますので、差し当たり表面の問題にせずに私が処分を預かって居ります。
 本人は決して馬鹿でもなく親不孝でもありません。全く私の監督の至らぬのと近頃の雑誌や悪友の感化のための一時の迷いと信じますが、どうぞ、私共一家のため及びこの前途ある青年のためこの際母として私の取るべき方法を御示し下さいませ。(さと)

子息の善性を信じて

答:私もそれは一時の迷いであると信じます。あなたが処置を預かってお置きになったことは本当によかったと思います。表向きの問題として「悪い」という極印を押してしまうならば妙にこじれて善くなるものもその機会を失って益々悪くなって行くということの例は世間にあまひに沢山有りすぎます。
 今後あなたが取るべき方法について、私自身が自分の育てた子息についてとった方法を御参考にまで申しあげて見ます。実は、私は友人の遺児を三ツの時に引きとって育てました。生後間も無く母親に死なれ、あちらこちらと保護の手が転々としてかわっていたので私の手に来た時にはかなり多くの悪いくせがついていましたが、
「こいつはろくな者にはならない」と周囲から叱られたり、非難されたりするたび毎に、私は子供と一緒に泣いて、「お前の生みのお父さんは本当に善人であった。あの人の子であるお前も善人になる素質を持って生まれているのだけれども、小さい時にいろんな目に合わされたためにお前の心に曲んだところが出来てしまった。そういう性質を持っていたのでは到底幸福な生活に入ることは出来ないのだから、どうぞそれを直しておくれ。お前が善くなってくれなければお前を引き取って育てた私の責任が果たせない。天国へ行った時にお前のお父さんに私は合わす顔がない」という風にいつもいつもさとして居りました所が、二十を過ぎた頃には本当に善い子息になってくれました。
 要するに母親の強い愛と至誠をもってするならば、一時の迷いなぞは必ずぬぐい去られるものと私は信じています。ですからもし、お父様の顔をつぶすような事を仕出来し、家から追われるようなことになってもなお、母は子の善性を信じて捨てないという母の態度が結局子を悪より救いだすものだと私は信じているのです。
 既に大きくなった子供がどぶの中へころがり込んでいるとします、多くの場合は「きたない、触るな、捨てて置け」というに反して、汚いのキレイのと考えている暇を持たず、救いあげたい一心でそのどぶの中へ飛び込んでいく、といった調子の強い愛を私は総ての母達に望んでいます。
 けれども「強いばかりが武士ではない」と同じように「甘いばかりが母ではない」ということを私共は心がけねばなりません。「どんなことをしたって母さんはだまっている。善いも悪いも知りはしない」という風になめられているようでは到底子を指導することは出来ません。
 正義を守るためには又、子を正しい道に立ち帰らせるためには命懸けだぞという態度を十分に含めて置かなければならないと思います。

※東京朝日新聞昭和六年十月六日朝刊

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