名実共に王座を滑る日も近く 懊悩を紛らすは只阿片の毒気
【北平六日発電通】張学良氏は彼の地に重大変化の免れ難きを知るや逸早く閻、馮両氏に使者を送り一切の行がかりを水に流し国家民族の為めという触れ出しにして北方の大同団結を提議したが何れも態よく拒絶され次で万福麟氏を済南に遣わし韓復渠氏を説いたがこれも突っぱねられ加えるに部下の中にも于学忠氏の如き危険性に富む者あり孤立無援となったので張作相氏を呼びよせて競技中であるが名案のあるべき筈もなく懊悩煩悶のどん底に突き落とされ僅かに阿片の毒気によりて苦悩をまぎらわして居るが、昨日某近親者に対し今更日本に泣きついても容れられる筈もなく最早大勢挽回の方策もないこの上は一切の顕職を捨てて下野外遊の外はないとの意向を洩らした由で、親子二代に亘る満洲の王座から名実共に退却するも余り遠くあるまいと見られるに至った。
名案尽きて進退両難
【北平発六日某所着電】情報に依れば政府要人は連日外交委員会を開き対日外交を論議しをるも未だ名案なく日本は満洲領土に野心なく只経済的発展と権益擁護とを企図するものなれば支那の広大なる領土より見れば満洲の如きはこれを日本の主張に任するを却って有利なりと漸く是認するもの大きに至れるが如きも由来革命外交を民衆に誓い来れる手前と張学良氏がなお相当の兵力を擁して関内に蟠踞しをる関係上今直ちに軟弱外交に堕し日本の満蒙政策を是認する能わず、さりとて日本の強硬なる態度に対抗する手段なく全く進退両難に陥りつつありと。
※讀賣新聞昭和六年十月六日朝刊

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