学良氏を交渉相手として 軍部、外務一致手筈を決定
満洲問題に関し国際聯盟理事会においても終に日支両国の直接交渉を希望してこの問題の討議を打ち切るに至ったのでわが政府も愈よ支那側と交渉を開くべく手筈を定めつつあるが、事柄は満洲の一局部に起こった地方的の問題であるが故に交渉の相手方は事実上満洲の主権者である張学良氏となしあくまで地方的問題としてこの問題に関する限り南京政府の干渉には応ぜざる事に軍部外務両省の意見も一致しているからこの方針の下に善後措置を講ずるの手続きを取るはずである。
撤兵する迄お断り 学良氏交渉方針を密令
【長春二十六日発聯合】張学良氏は我軍が全部撤退するに非ざれば交渉に応ず可らずと密令したと伝えられている。
張作相氏姿を晦ます 我軍出動に狼狽
【奉天二十六日発聯合】日支紛糾事件拡大に狼狽した張作相氏は今回の事件の責任を中村事件の解決遅延に帰しているので、天津地方にも行かれず進退谷まり遂に二十四日午前一時厳父の霊柩を放置したまま逃走した張作相氏は過般来郷里である北寧線錦県の西関凌営子に在ってひたすら亡父の供養に耽っていたもので事件突発当初は少数の日本軍が何事か為し得んやと強がっていたが二十三日日本軍装甲列車が北寧線に出動したとの報に極度に狼狽し少数の衛兵を引き具し二十四日早朝逃亡したもので、目下錦県西北約四十支里の同氏が往年緑林時代に送った山窟である通称サモリンツに潜んで居ると云われる。
※讀賣新聞昭和六年九月二十七日朝刊

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